第31節 くろかみ(西)・ゆうすいこうえん
本節で紹介する坪井地区の北部と、黒髪地区西部を中心とした地域は、そのほとんどが江戸時代から明治にかけての坪井村および竹部村の地域です。熊本城から見て北東、熊本城下町の北側に隣接しています。なお、熊本城下町の坪井も城下町建設以前は坪井村の一部だったと考えられています。
地勢は、熊本城のある茶臼山から北に連なる京町台地と、立田山に挟まれた低地または丘陵地帯です。坪井川両岸から、国道3号清水バイパス付近までが標高15メートル以下の低地、旧菊池街道にあたる三軒町(県道37号)付近以東が立田山西麓で標高15〜30メートル程度になります。
江戸時代から、熊本城下町に隣接していることから武家屋敷の進出が著しく、特に子飼周辺は竹部出屋敷と呼ばれる武家者敷地になりました。なお、竹部(たけべ・「建部」とも)は、宝暦年間から明治初期にかけて坪井村の一部が分かれてできた村で、主に三軒町通り以東と考えられています。
1871(明治4)年になって坪井・竹部両村は再び合併、1889(明治22)年、下立田村および宇留毛村と合併して黒髪村の一部となり、1921(大正10)年、熊本市に編入されています。現在は、国道3号沿いにオフィスや郊外店が見られるほかは、閑静な住宅地で、済々黌高校や九州ルーテル学院などの文教施設も見られます。
本節では、坪井川遊水地(公園)も含め、壷川2丁目・坪井6丁目付近から、熊本大学の西側までの地域を掲載します。
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【写真】=三軒町通り・黒髪小学校入口付近…菊池往還(街道)の熊本城下町に近い部分で、現在は、県道37号の室園・薬園町間を指しています。清水方面と子飼方面を結ぶ近道となっており、一日中渋滞しています。(撮影:03/08/30 解説:03/09/07)
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